昨年の年初のことである。友人との新年会において、今年の目標を色紙に書き合った。それぞれ自分が思い描いたことを書いている中、私は筆ペンで記した、「ホノルルマラソン完走」と。・・・それから約1年後、40回目の誕生日一週間後の2008年12月14日。私はオアフ島の大地に立っていた、42.195kmを走るために・・・。
自分ひとりで、好きな時間に、どんな場所でもできるランニングは、かなり前から私の趣味として定着していた。旅行へ向かうバッグにはシューズとウエアを入れ、その地の景色を楽しみながら走ることもある。気持ちいい。単純にそれだけだ。そして、それだけでいいと思っていた。レースに出るつもりなど無かった。なのに、なぜフルマラソンを走る気になったのだろう。今となってはわからない・・・。
大会3日前、ホノルルに到着。台風か?というほどの雨風に唖然。大会の開催を危ぶむ。そのまま雨が降ったり止んだりする、南国らしからぬ肌寒い日が続く。当日までに時差ぼけを解消し、旅行にもかかわらず一切のアルコールを断ち、軽いランニングやウォーキングで体を動かし、体調を整える。まさに万全の体勢である・・・。
当日、夜中に起床すると、やはり小雨が降ってた。気分が少し落ちる。気を取り直して朝食を取り、ゼッケンを付けたウエアに着替え、計測用チップを付けたシューズを履き、専用バスに乗ってスタート地点へ移動。小雨がやまない中、レインコートを着てスタート時間を待つ。街灯が灯るアラモアナ公園へ、徐々に集まるランナーたち。気持ちが高まる。そのうち雨もやんできた・・・。
まだ暗いアラモアナ通りに、約2万人という大群衆が集結。周囲は緊張と興奮が渦巻いている。レインコートを脱ぎ、人波の中に入り込む。12月14日朝5:00ジャスト、大会開始を知らせる号砲が鳴り渡る。それと同時に、闇夜に光る無数の打ち上げ花火。美しい光景に、湧き上がる歓声。道路脇の妻に手を振り、そして走り出す。ゴールへ向けての、長い旅路が始まった・・・。
スタート直後の大混雑の中、人を掻き分けるように前に進む。雨がぽつりぽつりと落ち始めた。5km、ラップタイムが遅い。少しペースを速めねば。降り始めた雨は次第に強くなり、大雨といっても過言ではない状態になった。暗さと雨とで周囲がよく見えない中、カラカウア通りを抜け、ワイキキビーチをかすめる。カピオラニ公園横で10km、タイムを上げすぎたようだ。少しペースを落とそう。そこから坂を上り、ダイアモンドヘッド横を越えてゆく。降った雨が、坂道の上から川のよう流れてくる。体が温まっているので雨は冷たくないが、それにしても強く降りつける雨自体がきつく、体が重い・・・。
カハラの住宅街を通る頃、徐々に空が白んできた。夜明けだ。そして、あれほど降っていた雨もやんだ。カラニアナオレ・ハイウェイに乗る。真っ直ぐと続く道を、ひたすら前へ前へ。あまり変化のない道、2マイルごとにあるエイドステーションが嬉しい。このあたりから、折り返してきたエリートランナー達と擦れ違うようになった。早いなぁ・・・。15km、20km、共にペースはいい。好調だ。このままなら3時間台が望めるかも・・・。
折り返しのハワイカイを過ぎる。25km、徐々に足が動かなくなってきた。ウエストバックからパワージェルを取り出し、体内へエネルギー補給。残り半分、よし、行くぞ・・・と気合いを入れたものの、両足太腿に蓄積された疲労が相当なものであることに気づく。30km、折り返していないランナーと擦れ違う。みな重い足取りだ。後方から、痛いほどに強い朝の日差しが照りつけてくる。キャップを逆にかぶり、首の日焼けを防ぐ。帰りのハイウェイが長い・・・。
35km、ハワイに入って一番の晴天。左手に見下ろす海岸線が綺麗だ。しかし、体はもういっぱいいっぱい。かろうじて足を運んでいるという状態である。3時間台などと思っていた自分がちゃんちゃら可笑しい。どんなタイムで着けるのか、予測すらできない程のペースに落ちてしまった。歩きたい。でも、歩かない。歩いてしまったら自分に負けるのだ、と言い聞かせる。給水時以外は最後まで走り切ろうと決意・・・するが、その決意も揺らぐ。あぁ歩きたい。何でこんな辛いことをしようと思ったんだ、オレ・・・。
最後の関門、ダイアモンドヘッド横を越える坂道を迎えた。長い長い上り坂、40km少し手前あたり。きついはずのその場所で、私は突如、溢れ出る感情に襲われた。予想外の出来事だった。走りながら、涙が止まらなくなったのだ・・・。
手の甲で、その涙をぬぐいながら気づいた。この涙の根源にあったのは、「ありがたいなぁ」という“想い”だった。なんの邪心もなく、ただひたすら純粋に「ありがたい」と思った。その思いが頭に浮かんだ途端、私の目から止めどなく涙が溢れていた。脳裏に去来するのは「感謝」という言葉だった・・・。
健康な体で、この場所にいられること、こうして走れること。
ゴール地点に、今か今かと私を待っている妻がいてくれること。
フルマラソンへの挑戦に、心からエールを送ってくれた両親。
私のわがままを聞き、今も仕事に励んでくれている社員のみんな。
そして、笑顔で声援を送り続けてくれる沿道の人たち・・・。
自分を取り巻くものすべてに対して、「ありがたい」と思った。「オレはなんて恵まれているんだろう・・・」。「感謝」のひとことを全身で感じ、暖かな涙に頬を濡らしながら走る。さぁこの坂を上りきり、そして下れば、ゴールはすぐそこだ・・・。
42.195km、たくさんの人々が笑顔と拍手と歓声で迎えてくれる中、カピオラニ公園でフィニッシュ。あぁ、終わった。これで終わったんだ。タイムは4時間18分10秒。参加者20292人中、2509番目という順位だった。ゴールで出迎えてくれ、完走記念の写真を撮ってくれる妻も笑顔だ。疲れた体を引きずり、フィニッシャーTシャツを受け取る。達成感と充実感を味わいながらも、私は思った。「なんてきついんだ。2度とフルマラソンは走らないぞ・・・」。
・・・しかし、多くのランナーは言う。足の痛みが消え去り、その記憶が遠くなったころ、思うのだ。「また走ろうかなぁ」と・・・。(完)
| 距離 | スプリットタイム | タイム |
| 5km | 29m43s99 | 29m43s99 |
| 10km | 25m09s91 | 54m53s90 |
| 15km | 26m41s48 | 1h21m35s38 |
| 20km | 27m45s01 | 1h49m20s39 |
| 25km | 28m14s77 | 2h17m35s16 |
| 30km | 31m42s74 | 2h49m17s90 |
| 35km | 34m29s04 | 3h23m46s94 |
| 40km | 39m06s87 | 4h02m53s81 |
| 42.195km | 15m18s94 | 4h18m12s75 |
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